幼い大学生 2019 10 6

 昔話をしましょう。
私が大学に入学したころは、まだまだ学生運動が盛んでした。
学生なりに社会の矛盾に抗議するという形で学生運動がありました。
 学生サロンでは、学部に関係なく、
日本は、高福祉の北欧型にすべきか、
低福祉のアメリカ型がよいのか、よく議論になっていました。
 多くの学生が日本の将来を心配して、
そういう議論をして、それが学生運動にもなったかもしれません。
 また、当時は、貧しい学生が多く、
司法試験に在学中に合格すると、退学して、
司法研修所に入所した学生もいたと聞いたことがありました。
当時は、司法修習生になると、給料に類するものが支給されたからです。
 さて、今の大学生は、どうなっているのか。
学期ごとの成績表を親に通知するという。
まるで高校のように、いや中学校レベルか。
(私が高校生の時は、そういう制度はありませんでした)
 確かに、大学の単位制度は複雑で、
うっかりすると、単位の取りこぼしで、卒業できないかもしれません。
 だからと言って、親が子供の単位の取得状況を管理するのも、変な話でしょう。
そもそも、大学生というのは、学問の最高学府の学生でしょう。
 確かに、最近の高校生は、大学受験の際に、
受験票の申込書を親に書かせて、自分は受験勉強に専念するという。
 そういう学生だからこそ、
大学の単位は、自分で管理できないから、
親が単位の取得状況を管理するのは、自然なのか。
一体全体、日本は、どうなってしまったのか。
 私が高校生の頃は、
高校ですら学生運動がありました。
 自分たちの「自治」を求めて、
学校当局と交渉したという。
 その結果、その高校は私服でよいということになったという。
確かに、服装は、「表現の自由」に入るかもしれません。
 外国の小説で読んだことがありますが、
奴隷は、自分たちが奴隷であることに気づかないという。
むしろ、管理されることに快感を感じるという。
 若者は、社会の矛盾に最も敏感でなければならない。
人間は年を取れば取るほど、今のままでよいと思うようになります。













































































トップページへ戻る